電通デジタルCAIOに聞く、テクノロジーとクリエイティブの融合が切り開くAI時代のマーケティング – Cyber Tech

東大松尾研からビジネスの世界へ──AI研究者が経営側に回った理由 

──これまでの経歴についてお教えいただけますか。 

電通グループに入社したのは2018年で、それ以前は独立系ベンチャーのCEOを務めていました。大学院では東京大学の松尾豊先生の研究室に所属し、AI研究に取り組んでいましたが、博士号を取得する前に退学し、ビジネスの世界に進むことを決意しました。 

研究室時代は、ABテストツールの開発やクリエイティブ最適化のアルバイトをしており、その経験を通じて「これは事業として成立する」と感じました。そこでアルバイト先に正社員として入社し、1年後には独立・事業化の流れの中で自らCEOに立候補することで経営者としてのキャリアが始まりました。 

当初はABテストツールの開発を手がけていましたが、やがて「表層的なツールよりも、その裏側のAI・機械学習エンジンの開発に注力すべきではないか」と考えました。電通がその技術を高く評価し支援してくれたこともあり、「このまま上場も視野に入るのでは」と考えた時期もありました。 

しかし最終的には、「電通グループの営業基盤の中で事業を拡大した方がスピードも影響力も大きい」と判断し、2018年に社名の「データアーティスト」を残したまま電通グループに参画しました。 

その後5年間、AI事業を着実に拡大し、2023年には電通デジタルとデータアーティストが統合。私はそのタイミングで電通デジタルの執行役員に就任しました。 

統合から約2年後、AIブームの到来により社内で「誰が責任者を担うべきか」という議論が起こりました。その際に指名を受け、現在はCAIO(Chief AI Officer)としてAI戦略をリードしています。 

「負けられない」電通の覚悟──AIシフトを導いた信念とは 

──これまでのキャリアにおける最も大きな功績をお教えください。 

2023年4月に電通デジタルへジョインしたことが、結果的に電通グループ全体に大きなシナジーをもたらしたと感じています。 

もともと私はデータアーティストという会社でAI事業を展開していましたが、商流の拡大に課題を抱えていました。一方、電通デジタルではAIソリューションの強化を進めており、2022年に「一緒になった方が良いのではないか」という話が持ち上がりました。その提案をすぐに受け入れたのは正解でした。なぜなら、まさにその直後、2022年11月にChatGPTが登場したからです。 

生成AI時代の幕開けに合わせてAI事業を全社的に強化できたこと、そしてその戦略を全面的に任せていただけたことが大きな転機でした。正式入社は2023年4月ですが、1月から役員会議に参加し、最初の経営会議でこう訴えました。 

「必ず次はAIマーケティングの時代が来ます。検索や広告に加え、AIとの会話を通じて商品を選ぶ時代になります。今から準備しなければ手遅れになります」 

このメッセージを一貫して発信し続け、今日まで粘り強く訴えてきたことが良かったと思っています。 

最も重要なタイミングで電通デジタルに参画し、今まさに大きく成長しているさまざまな領域で、AIオプティマイゼーションやAI広告などに取り組んでいますが、「絶対にやらなければまずい」と諦めずに言い続けたことが、実績なのではないかと考えています。 

広告はマスからデジタル、そしてソーシャルへと進化し、「自分ごと化」が進んできました。AIの時代にはさらに一歩進み、双方向のコミュニケーションが可能になります。広告と対話しながら購買行動が起こる世界が、確実に訪れると信じていたのです。 

生成AIをリリースするプラットフォーマーが、この領域で活用しないはずがないですから、私たちも取り組まない理由はありません。 

このように強い信念のもと、全社を巻き込んで推進している背景には、マスメディアに関しては、電通グループがビジネスにおいて大きな成功を収めたものの、デジタルメディアに関しては、その成功ゆえに他のデジタル専業代理店と比較して着手が少し遅れたという事実があると思います。 

その中で「次のメディアでは絶対に負けるわけにはいかない」という電通グループ全体の危機感と「次の波には遅れずに挑むべき」という共通認識が生まれました。 

推進にあたっては対話型マーケティングへの先行投資も比較的少なく、基礎を固めた上で資産を活用して拡大できる環境が整っていたことも追い風でした。AIの可能性を信じ抜く」という確信、そして「次こそ必ず勝つ」という企業文化の両輪があったからこそ、電通のAIシフトは力強く前進できたのだと思います。 

ハッカソンでの衝撃──若手クリエイターに「完敗」した経験からの学び 

──大きな実績を上げるまでにはどのようなチャレンジがあり、それは現職でどう生かされていますか。 

正直に言えば、これまでのキャリアは日々がチャレンジの連続で、「特定の大きな賭け」というよりも、継続的な試行錯誤の積み重ねでした。その中でも一番の決断は、「電通グループに入る」と決めたことだと思います。 

統合前のデータアーティスト時代には、「上場を目指すべきではないか」という声もありました。しかし、私はAIを開発するだけではなく、それを社会に確実に届ける力こそが重要だと考えていました。AIの世界では「どう作るか」よりも「何を作るか」が決定的に重要になる。その想像力を最も持っているのは、クリエイティブの現場だと感じていたのです。 

そう考えるきっかけになったのが、前職でCEOを務めていた時に参加したハッカソンでの経験でした。電通の若手クリエイターのチームに、私は完膚なきまでに打ちのめされたのです。

自分は技術の延長線上で「これができるから、これとこれを組み合わせよう」という発想しかできない一方で、彼は「社会が本当に必要としているものは何か」という観点から発想を始めていました。発想の出発点がまったく違っていることに気付いた瞬間、「こういう人たちと組めば、本当に大きなことができる」と確信しました。 

この体験を経て、テクノロジーとクリエイティビティを融合させることを自分の使命にしようと決めました。当時の電通グループは、どちらかといえばクリエイティビティに軸足を置いていましたが、私はその創造力にテクノロジーという武器を掛け合わせることで、まったく新しい価値を生み出せると感じました。 

ハッカソンでの経験は、次の方向性を教えてくれた原点です。クリエイティブとテクノロジーの融合こそが、これからの社会を動かす力になる——そう確信して挑み続けてきたことが、現在のAI戦略にも生きています。 

「視座を上げるだけでは足りない」──現場を見抜く力が経営を支える 

──仕事をする上で心に残っているアドバイスはありますか。 

東京大学・松尾研究室に在籍していた頃、当時MITで経営学を教えていた外科医の先生から言われた「視座を高く持て。そして、視座を上げたら視力も良くしなければならない」という言葉が、今でも忘れられません。 

高い視点で物事を俯瞰するだけなら誰にでもできる。重要なのは、視座を上げたうえで現場にも立ち、実態を正確に把握し、最適な方法を具体的に提案できることだ——。その教えは、今も仕事の根底にあります。 

もう一つ印象に残っているのが、その先生とのやり取りです。「大学どこだ?」と聞かれ、「東京大学です」と答えると、「それはカレッジかい?」と返されました。College of Tokyoです」と言うと、「ならば自分の専門以外のことも理解しなさい。Collegeとは統合された知を学ぶ場所なのだから」と諭されたのです。 

当時、私は博士課程で医療AIを研究していましたが、先生の言葉は「技術だけを追っていては人を幸せにできない」という意味でした。疫学、歴史、人の感情など——あらゆる文脈をつなげて理解しなければ本質にはたどり着けない。その考えが今も自分の中に根づいています。 

この教えは、電通グループのクリエイターに「完敗」した経験とも重なりました。テクノロジーの知識だけでは太刀打ちできず、「人を動かす力」はクリエイティブの中にあると痛感したのです。 

先生が伝えたかったのは、「高い視点で世界を見渡しながら、現場の細部まで見通せ」ということでした。自分では視座を高めたつもりでも、実際には専門領域の延長でしか物事を見ていないことがある。だからこそCollege出身者」を名乗るなら、Universe全体」に目を配れ、という言葉が胸に残っています。 

私は今でも若手にこの話を伝え、「視座を上げるだけでなく、視力を鍛えよう」と言い続けています。 

社長を経験したことも、この言葉の意味をより深く実感するきっかけになりました。技術者としてだけでなく、営業、経理、法務まで自分で担わなければ会社は成り立たない。売上が立っても入金が遅れれば資金繰りが破綻する——そんな現実に直面し、「広い視野と高い視座を同時に持つ」ことの大切さを身をもって学びました。 

アジアの循環を生む「橋渡し役」としてのCAIOの使命 

──CAIOとして、どのようなところにやりがいを感じますか。 

「世界をつないでいる」という実感を強く持っています。AI技術においては、今後、国産でグローバルにも通用するLLM(大規模言語モデル)や基盤モデルの開発を進める必要がありますが、現時点では主に海外プラットフォーマーが提供するAIを活用しています。 

だからこそ、米国のプラットフォーマーとの関係づくりが極めて重要です。ただ「使わせてください」という立場ではなく、「電通グループがアジアにおける価値創出をどう支援できるか」を提示し、双方にとってプラスとなる関係を築くことが大切だと考えています。電通はアジアに本社を置く世界有数の大型代理店であり、その立場を活かしてアジア全体に良い循環を生み出すことが使命だと思っています。 

アジアは今、世界で最も成長している市場です。香港を中心に東京までを半径として円を描けば、その中に世界人口の約半数が含まれ、今後も増え続ける見込みです。生成AIの登場により、生産は必ずしも人口に比例しなくなりましたが、消費は依然として人口規模に大きく左右されます。つまり、人口の多いアジアは間違いなく巨大な市場であり、ここにおける存在感を高めることは、電通グループの競争力に直結します。 

そのため、日系企業がアジアで事業を拡大し、アジア域内でクライアント同士の経済循環が生まれるよう支援することが重要です。私たちがこの循環を活性化できてこそ、米国のプラットフォーマーに対して「この地域で技術を活用させてください」と胸を張って提案できる。これは単なる戦略ではなく、原理的に取り組むべきテーマだと考えています。 

そして何より、世界がつながり、自分たちの手でアジアという地域を活性化させていく実感を持ちながら働けることに、大きな喜びを感じています。 

また、私はdentsu APACのプロダクトコミッティのメンバーとして、電通デジタルが開発したソリューションを日本国内だけでなく、アジア全域へと広げる役割も担っています。CAIOとして、アジア企業の競争力強化に貢献し、地域全体に新しい経済の循環を生み出す——その橋渡し役であることに、大きなやりがいを感じています。 

AI時代に欠かせない「いつ、どこで何を使うか」を見極める力 

──CAIOに欠かせないリーダーシップとはどのようなものでしょうか。 

少し前であれば、「みんなでAIを使おう」と旗を振る推進力がCAIOに求められていたと思います。しかし今や、AIを活用すること自体は命題です。その前提のもとで重要なのは、AIをどう使うか」を正確に判断できる力です。 

極端な話、「いずれAGI(汎用人工知能)が登場するのだから、何もしなくてもAIがすべてやってくれる」という考え方もありますが、それを待っていては、今のAIを使いこなしている企業との差がどんどん広がります。逆に、AIはまだ発展途上だから自社で全て開発しよう」と投資を重ねた結果、後からプラットフォーマーが同等の機能を安価に提供し、「数千円で利用できるサービスに1億円かけてしまった」という事態に陥る可能性もある。 

だからこそ、限られたリソースをどこに、どのタイミングで投下すべきか——つまり「いつ、どこで、何を使うか」を見極める力が、今のCAIOには最も問われています。 

そしてもう一つ大切なのは、「組織を動かす力」です。どれだけ戦略が正しくても、「やる気が出ません」と言われてしまえば、リーダーとしての責任を果たせていないということになります。だからこそ、「この先にどんな素晴らしい未来があるのか」を語り続けることが欠かせません。AIによってマーケティングやコミュニケーションがどう変わり、人々が新しい価値に気づき、心が動くのか——そうした未来を描き、共有することがCAIOの使命です。 

リーダーの役割は、「仕事を割り振ること」ではなく、「なぜこの取り組みをするのか」を情熱をもって語ることだと思います。AIの進化によって人が機械に管理される社会ではなく、一人ひとりが「自分しか気づかなかったこと」に気づき、世界を良くできると感じる——そんなワクワクする状態をつくることが理想です。 

これは、私がかつて松尾研で学んだ「テクノロジーが社会を変える」という教えや、電通のクリエイターに完敗して学んだ「人の心を動かす力」につながっています。前職の社名「データアーティスト」には、データ(サイエンス)の上にアートがあるという思想を込めていました。サイエンスは再現性をもたらしますが、人の心を突き動かす感動を生み出すのはアートです。 

テクノロジーとクリエイティビティを融合させ、データの上にアートを咲かせる——その先にある「人がより良く生きる世界」を旗印に掲げ続けること。それこそが、AI時代におけるCAIOのリーダーシップだと考えています。 

知識の再現ではなく、問いの創出へ──AI時代の若手リーダーに求められる資質とは 

──これからCAIOを目指す人材に求められるスキルはどのようなものでしょうか。 

これからの時代は、「知識を再現できる力」だけでは立ち行かなくなると思います。学校で学んだ知識はもちろん重要ですが、それはあくまで基盤にすぎません。これまで社会で評価されてきたのは、誰かがすでに立てた問いに対して、既知の正解をもう一度導き出すという「再現できる力」でした。これまではそれでも十分に価値があり、感謝される場面も多かったでしょう。 

しかし、こうした再現の領域はAIが最も得意とするところです。これから人に求められるのは、複数の答えがあり得る問いに対して、まだ誰も気づいていない新しい答えを見つける力です。それが人の心を動かすようなものであれば、社会に大きな価値をもたらすはずです。そのためにも、若い世代にはこの「創造的に答えを導く力」を意識的に磨いてほしいと思います。 

ただし、それすらも「誰かが立てた問い」に答える行為にすぎません。真に求められるのは、「まだ誰も問わなかったこと」を見つけ出し、人々がその問いを聞いた瞬間に「確かに、これは考えなければならない」と感じるような“問いを立てる力”です。 

私自身、これまで20年近く「誰かが一度やったことを再現する側」に時間を費やしてきました。しかし本当にやりたかったのは、その先の「問いを生み出す側」に立つことでした。 

これからの世代には、ぜひ正解を出すことよりも新しい問いを見つけることを楽しんでほしいと思います。まだ誰も見たことのない問いを立て、それに向かってワクワクしながら人生を動かしていく——それこそが、AI時代のリーダーに求められる最も重要な資質だと感じています。 

エージェント同士がつながる未来──「人と人を結ぶAI」の可能性 

──今後の展望と取り組みをお教えください。 

2030年頃までの中長期的な展望は、非常に明確です。テーマは一貫して「テクノロジーとクリエイティブの融合」。テクノロジーの進化に応じて、何を、どのように実現していくかを常に再定義していく必要があります。 

現在、マルチモーダルAIの登場によって、画像やバナーといったクリエイティブの自動生成はすでに現実のものとなりました。さらに、いま注力しているのがAIエージェントです。リサーチやプランニングなど、これまで人が担ってきた業務を自律的に実行できるようになりつつあります。今後2〜3年は、この領域の実用化と高度化が最重要テーマになるでしょう。 

私たちはすでにAIエージェントの開発に着手しており、来年には高精度なモデルを実用レベルで提供できていなければならないと考えています。その先、2027〜2028年頃には、対話型マーケティングの世界でAIエージェントがどこまで価値を生み出せるかが焦点になります。 

そしてその先に見据えているのが、AIが物理世界と結びつく時代」です。すでに研究が進む「フィジカルインテリジェンス」では、AIがデジタル空間を超え、現実の環境の中で人とインタラクションすることが想定されています。その前段階として、VRやARといった技術が急速に成熟しつつあり、物理空間へのアクセスがより自然になる世界が近づいています。 

これからのマーケティング企業に求められるのは、そうしたテクノロジーを活かして「新しい体験」をどう設計するかです。AIと人、デジタルとフィジカル、そしてテクノロジーとクリエイティブ——そのすべてを有機的につなぎ、人と人を結ぶAIの未来を形にしていくことが、次の時代の使命だと考えています。 

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